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OCHAdokoro

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苛烈だな〜と思う人生を浴びるのが好き

完全に偏った人生を迷うことなく爆進している人の話を浴びるのが好きなので、今年読んで面白かった記事を貼ります。(ほぼ自分用なので、随時増やしていく)

「弱いなら死ねば」と思っていた10代…初のA級・棋士山崎隆之八段の苦難の道〈dot.〉(AERA dot.)

一人で年間200冊! ブックデザイナー井上新八の過密をきわめる鬼ルーティン24時間|サンクチュアリ出版 公式note 

ある卓球ストーカーの全日本卓球 弁護士への道も公務員の職も捨てて・・・(伊藤条太) - Y!ニュース 



「勝つために、麻雀の勉強を減らした」多井プロが“本業の努力”より大切にしていること


ベンチプレス世界大会19連覇中の72歳女性「給食のおばちゃん」から転身 #ldnews https://news.livedoor.com/article/detail/21407578/

↓これは普通に生活に取り入れられそう

やりつづけるチカラ - おとなの小論文教室。 - ほぼ日刊イトイ新聞 

なんか面白い人生に関する記事が他にもあれば教えれください。


コミュニケーションが不足してきた

 ツイッタ〜、人間活動の記録としてやってるけど、コロナ禍つらい。だんだん最低限の生命活動しかしなくなってきてる。

<人間活動の例:美味しいものを食べたり爪塗ってみたり綺麗な風景をみたり本を読んだり絵を描く>

 外出の機会を制限されると、特定の人(家族や職場の人)と毎日同じ景色でのコミュニケーションしか取らなくなるから、自分のできることの範囲が固定化されていく気がする。今自分が持ってるカードだけでこの先戦っていくのきつい。雨が降らない状態のダムみたいで、減っていくばかりというかなんというか。

 ステイホームでできることって能動的なことあまりない気がする(というか、見えてる世界が狭くなっているので、本当はもっとたくさんのことができるとしても情報にアクセスできてない気がする)うまく言えんが、YouTube見てる時の自分が非常に受動的な感じがして嫌なんだよな。。。

 別に特段意識高いことをやろうとせずとも、街に出れば人とすれ違って街の風景の変化とか多くの一次情報を得るはずでそれがないのがきつい。不特定多数の人間を目にする機会が激減してるのなんかきつい。

 この先、ずっとこれが続いたら自分と気が合う人としか会話しなくなって偏屈になりそう。マジで、生活の、何かを見直さないといけないんだろうな。今はとにかく楽しいことを、ゴールにぶら下げる人参のように用意し続けなければ、何かが絶えず欠けていってしまうような感覚があります。

 恐ろしく昔に読んだ本に「水瓶座は気持ちをリセットするときに、身の回りとは全く違う景色を見たりするとうまくいきやすいので旅行おすすめ」みたく書いてあったけども、だとしたら今こそ旅行に行きたい。でも、諸般のご事情ありけり今は行けないね、いつか行こうね。

特に解決したいことがあるわけでもなく、なんとなくこういうことがあったよと文章に残しておきたい気分だったので書きました。特別悲しいことがあったわけではないんだけれど、少しずつ基礎体力無くなっていってしまうようなヤバさを感じて、不特定多数の人間とのコミュニケーション求めてたんだな、意外と大事だよね、って今日急に思ったんです。

もしこの取り止めもない文章読んでくれた人がいたらありがとうございます。



        
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